2007年02月23日

第3回 河井創太 陶展

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河井さんは変わらない人だ。
2年ぶりの個展を前にお話を伺いましたが、いつもの通り。平常心。
しかし、言葉の中には揺るがない、流されない、動じない…河井創太さんのスタイルが少し伺えた気がします。
3回目の個展に向け窯たき前のお忙しいところお話いただいた事をご紹介させて頂きます。

e0102155_17583679.jpg田中『2年ぶりの神戸での個展ですが、ひとこと…』
河井 『いつも通りです。(笑)』
田中 『今回はどんな作品が並ぶ予定ですか?』
河井 『作品としては器類から造形的な扁壷、壁に置く陶彫などの出品を考えています。』
 
河井創太さんはお名前、作風からもわかる通り、故・河井寛次郎さんのひ孫さんにあたられます。
現在、信楽に工房と居を置かれ、作業しておられます。
 
河井 『私は土を扱い器をつくっていますが、とりわけ造形に関心が強く、近年は時に造形的なところに向かっている感があります。』
 
確かに、寛次郎さんのスタイルや形がもとになっているにしろ、河井さんの造形は私たちが日常目にするものの“形”にはないもの、つまり“見慣れない形”“見たことがない形”が多い。この形はどこから生まれてくるのか。また、その形がもつ動物的な印象について伺ってみました。

e0102155_1825774.jpg河井 『私の曽祖父は〜作品は生きているか、そうでないか、それだけなのだ。〜と言う言葉を残していますが、私が作品に向かうべくはまさにこの一言に尽きるところです。と言ってもそれが意図的であればそんなものは砂のように手からこぼれ落ちてしまいます。生きたものとは、対象と正面から向かいあってはじめて生じる何かであるような気がします。形が生き物的ということでなく、作品を通して何か触発されたり、それがどこか喜ばしいことにつながることが重要だと考えています。』

意外にもその形は“作る”のではなく、その時その時に真剣に作品と向き合い、河井さんから“生まれて”きているようです。
例えば、医師が患者と向き合う時、設計士が図面と向き合う時、料理人が素材と向き合う時、親が愛をもって子をしかる時…。私たちの日常にもきっとそれに似た時があるはずです。だからこそ河井さんの作品からは、肌に触れるような実感、生きている感覚が伝わるのかもしれません。
また、その造形に関しては私たちの想像におよばない独特の世界をお持ちで、“想像にない”事が限り無い興味を抱かせます。

突飛な質問を投げかけてみました。
田中 『焼物が例えば戦争などでできなくなったらどうしますか?』
河井 『私は今、土を扱っていますが、たまたまそうであると感じることもあります。焼物ができなくなったら…、何か探します。』

 河井さんが『向きあう事』『生きたものを生み出す事』は方法や状況は関係ないのかも知れません。ぶれない人だ。またそれは、寛次郎さんの心根に、ある部分重なっているようも思えます。

e0102155_1832930.jpg田中 『寛次郎さんは沢山の言葉を残されていますが、一番好きな言葉はなんですか?』
河井 『寛次郎の言葉というのは、偽りのないありのままの野草のような力強い生命感を感じさせてくれます。
「今日はこんな言葉をもらったよ」という謙虚な屈託のなさに、私はどこまでも素直でありのままな人間をしみじみと感じます。私は言葉というよりは寛次郎の言葉の根底に根ざしているものが好きなわけであって、言葉のひとつが必ずしも重要ではないのですが…
『何という今だ。今こそ永遠』
という言葉ひとつ。何という言葉でしょうか。』

 殺伐とした今の世の中。もっとゆっくりでいい。色んな形があっていい。謙虚で優しくいたい。そう感じさせられます。
 どんな時でも、どんな対象であっても、今、向きあいそして謙虚に受け入れ心で感じる。
河井さんが揺るがず、流されず、動じなく感じるのは、きっと目の前の今を愛しんでいるからかも知れません。会場に並ぶ作品もきっと1つ1つ、河井さんがその時真剣に向きあった作品です。生まれ得た作品をどうかご来廊のお客様にも心で感じていただきたいです。

河井さんの作品は生きている。少なくとも私どもはそう感じています。

田中 『今後の展望は?』
河井 『特にありません。作品をつくります。』


●第3回 河井創太 陶展
平成19年3月15日(木)〜28日(水)(最終日5時まで)
※作家在廊予定日・・・3/15(木)、16(金)、17(土)、26(月)、27(火)、28(水)


posted by tanaka at 18:12| Comment(0) | 過去記事
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