平成19年1月1日(元旦・月)→15日(月)
柿右衛門よもやま話 −当代14代までの400年−
江戸時代初期に、日本で初めての赤絵のやきものを生み出したとされる柿右衛門。それから400年余りが過ぎた今でも、「柿右衛門」は有田の伝統的なやきものとして、かつ日本を代表する色絵磁器として、多くの人々に知られ愛されています。当主である14代酒井田柿右衛門は人間国宝(重要無形文化財保持者)として現在の柿右衛門の評価の礎となっています。これだけ評価され知られている柿右衛門ですが、400年来つねにやきものの世界の頂点に君臨していたわけではありません。様々な時代の流れに翻弄されながら、現在の地位を確立しました。そんな長い歴史の中で「柿右衛門」には様々なエピソードおよび出来事が残されています。ごく一部の話ですが、少し耳を傾けてもらえれば幸いです。
その1 「江戸時代の柿右衛門」
現在、江戸時代の白磁の余白を活かした赤絵付けをされた磁器などを「柿右衛門様式」という表現が一般的になされていますが、それは当時の柿右衛門窯が作ったという意味ではありません。当時の有田において柿右衛門様式のやきものは、柿右衛門窯を含めた当時の優秀な技術と職人を持つ複数の窯で制作されていたのです。その中で唯一現代まで残って制作を続けてきたのが柿右衛門窯です。また12代、13代の頃に柿右衛門窯の古窯跡の発掘調査が本格化し、ヨーロッパに渡った名品と掘り出された磁器の破片に多くの共通点が見出されたことが、「柿右衛門様式=柿右衛門」の混乱する図式を作った要因となったと言えるでしょう。

その2 「柿右衛門の“柿”とは」
柿右衛門窯は、400年に渡って常に最高級のやきものを制作してきたわけではありません。他のやきものの産地と同様、幕末から明治にかけては大変厳しい時代を送り、柿右衛門窯でさえ廃業の危機を迎えたほどでした。そんな中、大正期に入って柿右衛門にとって追い風となる二つの出来事がありました。一つはスポンサーが付いたことです。12代の頃ですが、地元の実業家小畑秀吉が資本金を提供して、12代と小畑氏による共同経営が始まりました。莫大な資金力をバックに、この時代さまざまなスタイルのやきものにチャレンジすることができました。現在の窯もののラインアップが形成されていくのもこの頃がきっかけと思われます。

その3 「“柿右衛門窯”の意味と当代の理念」
柿右衛門のやきものを全体的に見ますと、よく「窯もの」と「作家もの」という区別がなされます。この区別がされるようになったのは、1960年代に13代が濁手の制作を軌道に乗せ始めてきたころにあたります。13代が当時の陶芸作家ブームに乗って、個人名で百貨店にて個展を開くようになり、かつ濁手と窯ものの制作工程を分離させた、この2つの要因が挙げられます。一般的には窯ものとは職人が作ったもの、作家ものとは作家本人一人の手で作ったものとされますが、有田ではこの構図が全く当てはまりません。特に伝統的な工程を遵守する柿右衛門窯ではなおさらです。
当主の柿右衛門は、どんな作品でも一人で全ての工程を手がけて作品を完成させることはありません。有田焼の伝統的工程として、全ての工程は分業にて行われます。石を砕く人、轆轤をひく人、素焼きをする人、絵付けでも線描きをする人と線の中を塗りつぶす人など。当主の柿右衛門もその例外ではありません。当主の担当は全工程の監督と製品のデザイン、そして赤絵具の調合のみと原則的に決められています。しかしながら全工程を監督する立場上全ての作業を理解しなければなりません。つまり、オーケストラの指揮者のような役割として、一人で全てを作るよりも一人一人個性の違う職人を纏め上げて、高品質を保った作品を作り続けていかなければなりません。思った以上に困難を極める役割を担っているのが当主柿右衛門なのです。
現在作家ものとして評価される濁手も、同様に分業で制作されています。ただし、濁手の製作工程および組織が国の重要無形文化財に認定されていますので、特別に優秀な職人を選抜してその中で制作しています。
現在、有田の採石事情は悪化しています。天草など有田以外の石の比重が高まり、地肌の色とそれに伴う色絵の色にも変化が生まれています。ただ昔のものと変わらぬものを作り続ける伝承と異なり、伝統とはその時代にあったものに変化して受け継がれていくものです。そう強く意識する14代は、時代の変化を逆手にとって日本の洋風化する生活にもふさわしい「日本のやきもの」を作り続けていることにより、私たちに日本の心を忘れないようにと暗に伝えているような気がしてなりません。
変わり行く伝統、変わり行く柿右衛門。伝統と現時代性を兼ね備えた柿右衛門の逸品を是非お手にとってご覧ください。「伝統的」というお堅いイメージが、14代の器を手にした瞬間、より身近なものへと変化していただけると思います。
(THE GALLERY / 田中美術 田中満之)
【参考文献】
・『余白の美 酒井田柿右衛門』(14代酒井田柿右衛門著、集英社、2004年)
・『歴代柿右衛門』(井村欣裕著、マリア書房、2002年)
色絵磁器展 〜有田・柿右衛門窯 特選〜
当展では、実用の器として皆さまの食卓を彩る柿右衛門窯の作品を中心に、江戸期の名品を現代に蘇らせた濁手の名品まで約60点を展観いたします。初春の一日、是非ご高覧下さいませ。
日時:平成19年1月1日(元旦・月)→15日(月)(火曜定休・最終日5時まで)
会場:弊廊THE GALLERYにて